トップページ | 2008年6月 »

2008年5月の記事

精神科医の核心をついた言葉にどっきり、がっくり、すっきり

昨日は通院日でした。

いつものように、生活の様子をまとめたメモ持参です。

この2週間は、調子がよかったので、何事もなく終わるだろうと思ってました。

診察が始まると、いつものように、睡眠や体調や気分のことを話しました。

様々なことへの興味、関心が段々戻ってきているという話をすると、

「いい感じだね。それはすごい」

と先生は言ってくれました。

何か前進したことがあると、先生は必ず誉めてくれるんですね。

それで、いつも安心させてくれてます。

女子バレーボール(北京オリンピック最終予選)を見て、テンションを上げすぎ、調子を崩した話もしましたよ(恥ずかしかった~)。

先生は、笑ってました。

まあ、そりゃそうですよね。

バレーボールを見て、調子を崩すなんて。





ここからです。

話の流れが変わったのは。

おそらく、私の診察時の態度や、生活、うつの症状が減っていることを先生は感じたんでしょうね。

私がうつ病になった原因についての話になっていきました。

先生「バレーボールは中学、高校とやってたんだよね?」

私「はい、そうです」

先生「大学では、やらなかったの?」

私「バレーボールサークルには入ったんですが、すぐやめちゃいました」

先生「・・・・・。それはなんで?」

私「えーと、嫌な先輩がいたんです。後、サークルなのに楽しくというより、勝ちにこだわっている雰囲気が合わなくて」

先生「そうか。その先輩はどんな人だったの?」

私「厳しい感じで、怖かったです。上からものをいう感じで・・・」

先生「会社でも上司との関係がストレスになってたんだよね。あと、昔にもそういうことがあったと話してたね」

この後、私は自分の過去について語りました。

先生が、実にうまく私の話を引き出してくれるんです。

このへんがプロだなあ、なんて思いながら話してました。

要するに、厳しい人、威圧的な人、理不尽な人が苦手だという話です。

そして、そういう人と対峙すると、過剰なまでのストレスを感じてしまうことも話しました。





話している間、ちょっとドキドキしました。

厳しい人が苦手で、そういう人に過剰に反応してしまうことは、うすうす前から分かっていたことなんです。

そのことを、ズバリと先生に指摘されてしまいました。

そのときの先生の目は、いつもの穏やかな感じじゃなく、鋭さでみなぎってました。

精神科医として、プロの目でした。

最後に先生は、

「復職してもこの問題は常に付きまとう。どこにでも厳しい人はいるからね。だから、一緒にどうすればいいのか考えていきましょう」

と言ってくれました。

私は、今回、うつ病になったのは、転職、引越し、上司との関係、社内の雰囲気、プライベート、そんなもろもろが原因かと思っていました。

ただ、昨日先生と話して、「人間関係をうまく処理できない」、この部分のウエートが大きかったんじゃないかと感じました。






診察後、私は、かなり動揺していました。

そして、落ち込みました。

確かに、自分は厳しい人に過剰反応してしまう傾向が強い。

これは事実なんですよ。

そして、これを解決しない限り、社会人失格だ、とまで思ってしまいました。

極端すぎる考え。

でも、頭に浮かんでしまったものはどうしようもなく、しばらく落ち込みました。

少し取り乱して、この先、自分はもうだめなんじゃないかと思いました。





そういう感じで、落ち込んでいましたが、ふと、先生の言葉が頭をよぎりました。

「一緒に考えていきましょう」

そうなんですよ!

これから、考えていって少しずつでも、考え方を変えていったり、うまく対応できるようになったりすればいいんです。

たぶん、すぐには無理です。

でも、ゆっくりならできるかもしれません。

そして、考えようによってはこれはいいチャンスなんだと思います。

厳しい人、怖い人にうまく対応できるようになれば、私の生き方はずいぶん楽になるはずです。

うつ病になって、休職して、休養している今は、その考え方を少しずつ変えていくチャンスなのかもしれない。

仮に、休職中にうまくいかなくても、一生かけて少しずつでも変えていけたらいいんじゃないか、って思いました。

そして、変えられなくても、絶対にダメってことはないはず。

一生付き合っていけばいいんです、そんな自分と。






誰だって苦手なことやコンプレックスはいくつも抱えているはず。

私の場合は、「厳しい人、怖い人に対する対応が下手過ぎる」ということです。

まあ、ゆっくり、じっくりいくしかないですね。

そんな風に考えられたので、心の中は、むしろ前よりもすっきりしています。

自分のダメな部分をしっかり指摘してくれ、それを自分の中で消化して、認められたからなんでしょうね。

普段は穏やかな先生ですが、精神科医としての鋭さ、実力を見た気がしました。





| | コメント (24) | トラックバック (0)

「ツレがうつになりまして。」のツレさんのエッセイ紹介

「ツレがうつになりまして。」

「その後のツレがうつになりまして。」

うつ病の方なら、だいたいの方が知ってる本で、だいたいの本屋さんには置いてありますよね。

実際のうつ病生活を元に書かれているから、分かりやすい。

文字が少なく、絵がほんわかでかわいらしく、うつ病の人でも読みやすい。

そんな理由で、売れているんじゃないでしょうか。





この2冊の本は、ツレさんの奥さん(細川貂々(てんてん)さん)が書いた絵入りエッセイでした。

今回紹介する本は、てんてんさんが書いたものではなく、うつ病になったツレさんが書いたエッセイ。

では、簡単に本の紹介を。

本の名前:こんなツレでゴメンナサイ。 (なんで謝るんだろう・・・) 

著者:望月 昭 (ツレさんの名前です。ちょっとかっこいいな) 

画:細川 貂々 (ところどころ、てんてんさんの画が入ってます)

発行所:文藝春秋 (ツレさんエッセイと出版社のイメージが個人的に合わない気がします。なんとなくだけどね)

です。

えーと、価格は1,000円です。

250ページもあります。

基本的に、エッセイなので、文字が多いですが、文と文の隙間も広いです。

まあ、こんな感じですね。





それで、肝心の中身なんですけど、

1.うつ病あれこれ

2.うつ病の回復期

3.てんてんさんとの出会い

4.てんてんさんとの恋愛・結婚

5.てんてんさん・イグアナとの家庭生活

6.まとめ(その後のこととか、お勧めの本とかいろいろ)

って感じです。

私は、てんてんさんとの恋愛やら結婚話は、とりあえず後まわしにして、最初は1、2、6をだーっと読みました。

ツレさん、すごく文章力ありますよ。

表現豊かに、自分の症状や状態を書かれていました。

読みやすいです。

ただ、ちょっと理屈っぽいところもあるかなあ・・・。

中でも、特に私の心に残ったのは、「ツレさんが実はブログを書いていた」ということです!!

ほんと、びっくりしました~

ツレさんもブログを書いてたんですよ、私やこれを読んでくださっている皆さんと同じように。

そのブログの書き方が、また、すごいというか、なんというか。

でも、あまりここで内容について書いちゃうと、本を読む楽しみがなくなるので、この先は自分で読んでみてくださいね。

「ツレうつ」「その後のツレうつ」と併せて読むと、うつ病に対する二人の視点が違っていて、面白さ、分かりやすさ倍増ですよ。

後で読んだ3、4、5の二人の出会い、結婚、家庭話もおもしろかったです~。

ほんと、この二人はほんわかして、おもしろいなあと思いました。





ところで、私は、「こんなツレでゴメンナサイ。」を自分のブログで紹介したいことと、本の感想を書いて、てんてんさんにメールしたんです。

てんてんさん、お忙しいだろうに、メールを送った翌日にはどうぞ紹介してください、内容に触れてもいいですよ、とメールの返事をくれました。

ありがたいです~。

なので、今回は、てんてんさん公認紹介だ~! と勝手に気合を入れて、紹介させてもらいました。

これを読んだ皆さん、気合を入れた私の紹介で、「こんなツレでゴメンナサイ。」を読む気になったでしょうか?

ちょっぴり心配です。





今日は「こんなツレでゴメンナサイ。」で紹介されていたツレさんお勧めのうつ病本を図書館で借りてきました。

うん、なかなかよさそうな本です。

さすが、ツレさん。

でも、その本も秘密です。

自分で「こんなツレでゴメンナサイ。」を読んでみてください~。

・・・なんだか、いじわるしている気分になってきました。

まあ、いっか。

でも、買って損はしないと思いますので、読んでみてくださいね。

お金がもったいないという人は、図書館で借りて読んでみてくださいね。

私も最初、お金がもったいないと思ったので、図書館で予約しようとしましたが、10人待ちだったので、さっさと買いました。

そんなに待てませんよね。





| | コメント (13) | トラックバック (0)

共感できるドラマ「瞳」と「Around 40」

前回の記事で紹介したブログパーツ「KiTT」は、貼り付けてくださった方が何人もいるみたいで、紹介したかいがありました。

「疲労感」を感じている方が多いみたいで、そりゃそうだろうって感じですよね。

だって、うつ病ブログを書いていればそうなっちゃいますよ。





私は、毎朝、NHKの朝のドラマ「瞳」を見るのが習慣になっています。

瞳を見るために、遅くとも8時15分までは起きられています。

主人公の瞳(榮倉奈々)が、祖父の勝太郎(西田敏行)を助けながら、里親として成長していく姿を描いたドラマです。

そして、瞳は里親だけでなく、ダンスもやっており、こちらもドラマの一つの大きな筋になっています。

でも、私がこのドラマで一番好きなのは、登場人物たちが住んでいる下町の様子です。

月島、築地という東京の下町の人々。

昔ながらの付き合いが残っていて、温かさを感じます。

人と人の交流が自然にできて、その交流を大事にしている人たち。

私は、その姿を見ていると、心がほっとします。

おかずが余ったら、隣の家に持って行く。

隣の家の人たちも家族同然に付き合う。

毎日、笑顔でおはようと挨拶する。

誰かが落ち込んでいたら、心配し、励ます。

そういう人の交流を見ていると、私はなんだか嬉しくなるんですよね。

心のどこかで、人の温かさを求めているのかな、と思います。

そして、今、私が住んでいる実家では、父と母がいるし、父と母は近所の人たちと交流しています(下町の人たちほどじゃないにしても)。

私は、大学に入学したときからずっと1人暮らしを続けてきました。

長期休みには、実家に帰省はしていましたが、そのときはどこかお客さん扱いでした。

今のように、誰かと一緒に「生活」しているのは、本当に久しぶりのことです。

別にたいした生活じゃありません。

一緒に瞳を見ながら、母と朝ご飯を食べる。

夜になったら、そこに父も加わって夕ご飯を食べる。

休みの日は、車で評判のいいおいしい店に行き、ホームセンターで買い物をする。

だけど、そんな普通の「生活」が私のこころを元気にしている、と実感しています。

もちろん、大学時代や社会人時代に、彼女や友達はいました(今もいますよ)。

でも、家に帰ると1人だし、アパートの隣の部屋の人との交流もありませんでした。

私は、ずーっと、心の奥底では、日常的な普通な自然な、人との交流を求めていたんだな、と瞳を見ていて気がつきました。





あと、もう一つ見ているドラマがあります。

天海祐希さん主演のTBSドラマ「Around 40」です。

Around 40というのは、40才前後の人たちのことで、天海さんは39才の精神科医の役で出ています。

略して、Around 40はアラフォーというらしいです。

私は、Around 30(こちらは、略してアラサー)に入るか入らないか微妙な年なんですが、このドラマにも共感できます。

なぜかなあ、と考えてみたんですけど、一つ目の理由として、精神科医という役が特別視されてないからだと思います。

これまでだと、精神科医が登場すると、悲惨なまでの辛いドラマが多かった気がします。

その点、天海さんの精神科医は、自然体で普通です。

天海さんとくっついた臨床心理士(藤木直人)も、自然な感じです。

まあ、ここまできれいな先生とかっこいい心理士というのは不自然だけど、そこはドラマなので。

そして、2つ目の共感できる理由として、登場人物たちがこれからの人生をどうするのか、について葛藤していることがあります。

私も、うつ病になって、これからの人生どうしようかな、なんて考えたりしてますから。

現状を変えようと、自分の人生を何とかしようと、行動する登場人物たち。

でも、Around 40という年齢から、なかなか昔のように思いっきり動けない。

それでも、必死にもがきながら、何かに立ち向かう姿に自分を重ねてしまうんですね。

私がうつ病になったのは、なるべくしてなったのかな、と最近考えてます。

これまでの生き方が間違っていたわけじゃないけど、今までの生き方の結果、今の状態(うつ病)があるわけですから。

だから、何か自分を「変化」させなきゃいけないのかな、と漠然と考えています。

何をどう変えればいいのかは、まだ分かりません。

だけど、変える必要はあります。

Around 40の登場人物たちは、手探りながらも何かを変えようとしています。

私も、何かを変えていきたいと強く感じています。





どちらも、結構おもしろいと思うので、よかったら見てくださいね。

「瞳」のほうは、毎朝(日曜以外)やっているので、どうしても遅く起きてしまうという方に、おすすめです。

一度、見始めると続きが気になって、ちゃんと起きられるようになりますから。

それにしても、私がドラマを継続して見ているのって、4、5年ぶりかもしれません。

全然、ドラマに対して興味がなくなってましたから。

そんな私が勧めるんですから、2つのドラマ、全然おもしろくないってことはないと思いますよ。



| | コメント (18) | トラックバック (0)

うつ病患者に役立つブログパーツ「KiTT」

こんにちは。

初めての3日間続けての、更新です。

今までは、2、3日に1回というゆったりペースでしたが、今日も更新ですよ。

でも、また、ゆったりペースに戻りそうですけどね。





昨日載せた小説「五郎おじいちゃんのそうしき」

かなり、シニカルな小説なんですよ。

前回の「コンクリートの隙間から」とは雰囲気を変えてみました。

いろんなのを書いて楽しんでみようと思ってます。





ちなみに、どうして「五郎おじいちゃんのそうしき」なんて小説を書こうと思ったかというと、香典のお返しの抱き枕が届いたからです。

最近の香典返しって、パンフレットから選べるっていうのが、よくありますよね。

それで、私の睡眠向上のために、抱き枕を頼んでたんですよ。

こちらです。

Makura






テンピュールの結構いい抱き枕なんですよ。

表面さらさらすべすべ、心地いい弾力性があります。

昨日使ってみましたが、ぐっすり眠れました。

抱くという行為で気持ちが落ち着くのと、体のバランスがよくなる感じがします。

特に、腰のあたりが楽になりました。

でも、葬式の香典返しでもらったもの・・・。

「物」に罪はありませんが、少し気になったので、昨日みたいな小説を書いたってわけです。





さて、本題のブログパーツ「KiTT」の紹介です。

これは、ココログのトップページで紹介されていたので、さっそく左の欄に貼り付けてみました。

新しいもの好きの私は、とにかくおもしろそうなブログパーツをとりあえず貼り付けてみます。

大概のものは、すぐに飽きて外しちゃいますが・・・。

でも、これは違いますよ!

簡単な説明はKiTTの下に載せときました。

読んでください。

それで、次に、なにやら動いている緑色のやつをクリックしてみてください。

そしたら、ぽとすの解析結果が出てくるはずです。





びっくり、その1。

私の話題の属性はガーデニング、ココロ、が大半を占めているようです。

まあ、植物のこと書いたりしてるし、うつ病ブログなんで当たり前です。

でも!

ココロの判定ワードを見てください!

うつ病、ソラナックス、デジレル、デパス、ユーロジンとありますよね!

薬の名前から、ココロに関連していることを判定してるんですよ~。

ちょっとすごくないですか?

いや、絶対すごいと思います。





びっくり、その2。

バイオリズムというのがありますよね。

その日の調子を表してくれるものみたいです。

そのバイオリズムの折れ線グラフのところに、カーソルを持っていってください。

そうすると、その日に書いた日記についての「感情」「話題」について表記されますよね。

これが、めちゃめちゃ当たってるんです。

5月10日に書いた「母の日と父の日(両親にプレゼントを買ったという話)」は「尊敬の思い」「ガーデニング」。

5月14日に書いた「必要なもの(私がマナーの悪いドライバーに怒った話)」は「怒っている感」「マシーン」。

5月23日に書いた「全日本女子バレーボール(バレーをみて疲れた話)」は「疲労感」「スポーツ」。

ちなみに、「コンクリートの隙間から(私と花の間のあれこれ小説)」は2つともに、「美しさへの感動」「ガーデニング」。

もう、全部ぴったりなんですよ!!

びっくりしましたよ。

当てはまり過ぎです。

そして、調子の悪いときに書いたブログは、ちゃんとBad になってて、調子がいいときはGood になってました。





その上、記事を書いた後、解析されるのがめちゃめちゃ早いです。

数時間後には解析結果が出てましたから。

そういうわけで、emo くんは、KiTT くんの下の表示になってしまいました。

だって、emo くん、解析結果が出るのが翌々日とかになるんだもん・・・。





うーむ。

これまでのブログパーツで一番、感動しましたよ。

これで無料でいいの? って思いましたが、ちゃんとスポンサー広告が載っていました。

よかった。

無料より高いものはないっていいますからね。



| | コメント (21) | トラックバック (0)

五郎おじいちゃんのそうしき

※小説カテゴリーです。




「早くそこにおいている服にきがえなさい」

お母さんは、そう言って、てきぱき動いていたんだ。

さっきから、紙にいろいろ書いたり、あちこちに電話したり、押入れのおくでごそごそしていたな。

なんだか、とても忙しそうに見えたよ。

お父さんは、いつもよりぼんやりして、台所の椅子に座っていたんだ。

ぼくは、お父さんが少し心配だったんだよ。

だって、五郎おじいちゃんは、お父さんのお父さんだから、五郎おじいちゃんが死んだことはお父さんにしてみたら、すごくショックなことなんじゃないか、って思うんだ。

ぼくだって、お父さんが死んじゃったらすごくショックだと思うしさ。

だから、お母さんがいつもより元気そうに動き回っているのが、ふしぎなんだよね。

お母さんは、五郎おじいちゃんが死んじゃったのが、ショックじゃないのかな。

これでも、ぼくも、少しはショックだったんだよ。

五郎おじいちゃんはうんと遠くに住んでいるから、たまにしか会えなかったけど、川や山につれて行ってくれたし、「けいたはいい子だ」ってたくさん言ってくれたんだ。

「いい子だ」って言われるとはずかしかったけど、でもうれしかったな。

友達には、そんな話するとばかにされそうだから、こころの中にしまっておいたけどね。

ぼくは、お母さんから言われた服にきがえながら、そんなことを考えたんだ。

それにしても、この服、まっ黒で変なの。

なんだか動きにくいしね。

だからさ、ぼくはお母さんに、

「お母さん、今日はこの服きなきゃいけないの」

と聞いてみたんだ。

お母さんは、

「けいた、あんたも3年生になるんだから、わがまま言わないの。今日は忙しいんだから、困らせないで」

とだけ言って、また押入れのほうに行って何かをさがし始めたみたい。

ぼくは、五郎おじいちゃんが死ぬとどうしてお母さんが忙しいのかぜんぜん分からなかった。

でもね、こういう感じのときのお母さんにはさからわないほうがいいんだ。

動きにくいし、黒ばっかりでかっこ悪いけど、しかたないよね。





五郎おじいちゃんの「そうしき」は、広い広いところでひらかれたんだ。

いとこのめいちゃんも来てたけど、話ができるかんじじゃなかったな。

なんとなくだけどね。

そうしきが始まると、みんなとっても静かにしてたから、ぼくもじっとしてたんだ。

よこに座っているお父さんは、泣いているように見えたよ。

でも、見えたってだけで本当のところは、どうなのか分からないけど。

ぼくは、このままじっとしていればいいのかと、思ってたんだ。

でも、とちゅうでお父さんやおじさんが立ち上がって、こなを手に持って、よこの入れものにいどうさせてるんだよね。

大人たちだけがやるのかと思ったのに、めいちゃんもやっていたから、ぼくもあれをやるみたい。

しんと静まったところで、こういうことやるの苦手なんだよな。

うん、まあ、ちゃんとやるけどね。

そのとき、しんぞうがバクバクいっていたのはおぼえてるよ。

ぼくは、そうしきってみんなが泣くものだと思ったんだけど、今日のそうしきはちがうみたい。

お父さんとおじさんしか泣いてないんだもの。

他の人は、くらい顔をしてたかな。

でも、そうしきが終わったら、くらい顔じゃなくて、えがおになっていたのは、ふしぎだったな。





五郎おじいちゃんのそうしきが終わったら、大人たちはお酒をのみ始めたんだ。

ぼくは、大人たちがお酒をのんでるのを見るのがきらいなんだ。

だって、すごく顔を赤くしたり、大きな声で笑いだしたり、いつもとちがう感じになっちゃうもん。

ちょっと、こわいよ。

でも、このときの大人たちのお酒は、いつもより、ずっと、いやだったな。

だってさ、五郎おじいちゃんは、もう死んじゃったんだよ。

ぼくも少しはかなしい気持ちなのにさ。

大人たちは、お酒をのんで、わいわい、がやがやしてて、おかしいよね。

だから、ぼくは、めいちゃんに

「お酒なんてのんじゃっていやだよね」

って言ったんだ。

めいちゃんは、

「うん、おじいちゃんはいなくなっちゃったのにね。おじいちゃんがいなくなったのがうれしいのかな」

って言ったんだよね。

ぼくは、ドキッとしたな。

大人たちは、おじいちゃんが死んでうれしいって、本当ならこわいもん。





お酒をのむのも終わって、お父さんとお母さんとタクシーでうちにかえったんだ。

タクシーの中では、お母さんは、つかれた、つかれたと何回も言ってたよ。

お父さんは、お酒をのんでたから、赤い顔をしてた。

でも、よく見るといつものお父さんじゃなかったんだ。

どうちがうのか、ぼくには分からないんだけどさ。

だから、ぼくは、どうしたらいいのかぜんぜん分からなくなったんだよね。

そのとき、お父さんは言ったんだ。

「やっと、終わったな」って。

そして、お父さんは、少しだけ、ほんの少しだけわらったんだ。

でも、やっぱりかなしそうだったな。

ぼくは、お父さんのことばを聞いて、五郎おじいちゃんはもういなくなったんだな、って思ったよ。






五郎おじいちゃんのそうしき (完)





| | コメント (4) | トラックバック (0)

全日本女子バレーボール

最近、暑い日が続いてますね。

おかげさまで、部屋においてある観葉植物はすくすくと育っております。

ポトスなんて、異常なくらい葉っぱを広げて、元気溌剌としてます。

新芽が次から次へと出てきてますよ。




ところで、実家に帰って1ヶ月間が過ぎました。

やはり、帰って正解だったなあ、と思ってます。

帰る準備や移動の疲れやらで、最初は大変だったんです。

でも、何とっても今は、負担が少ない。

体力的にも、精神的にも、経済的にも。

そのせいなのか、私のemo、真面目度がぐんと下がりました。

気楽な生活をしてるせいで、文章まで気楽な感じになったのかも。




そんな気楽な実家生活。

ちょっとした問題もあるんですよ。

まず、食事。

幸いなことに食欲はあるので、親の作った物は残さずたっぷりいただいてます。

・・・太りました。

ドグマチールで太ると心配していた頃の努力は無駄だったみたいですね。

今は、ドグマチールは服用してないのに。

あと、近所の工事。

アパートが建つらしいんですけど、もう騒音がうるさくて仕方ない。

ぎー、どんどん、ばんばん、ごとん。

際限なく、音が聞こえてきます。

ずーっと、その音を聞いてると頭が痛み出します。

こりゃ、困ったことですね。




さてさて、最近、女子バレーボールが放送されていますよね。

北京オリンピック最終予選女子バレーボール。

私は、昔バレーボールをやってたし、今も愛知のチームでバレーボールをやってるので、バレーボールは大好きなんです。

毎回、見てます。

ただ、見ているだけならいいんだけど、私の場合、自分がバレーをやっている気持ちになります。

なので、「打てー!!」とか「違う、もっとこう」とか「そこはサーブ入れとけよ」とか偉そうなことを言ってます。

監督気取りですね。

ちなみに、私が好きなのは、木村沙織 選手。

たぶん、チームで一番バランスのいい選手だと思います。

バレーセンスがすごくいいんですね。

やろうと思えば、全ポジションをこなせるんじゃないかな。

レシーブも、スパイクも、サーブも、トスも、ブロックも、欠点がないです。

そして、あの雰囲気。

なんかほのぼのさせてくれるじゃないですか。

そして、顔も好きな感じです。

・・・言っておきますが、顔で木村沙織が好きなわけじゃないですよ!

バレースタイルが好きなんですよ!

「ぽとすさんらしいですね」なんて言われそうなので、ここはちゃんと言っておきますね。

まあ、確かに顔も好きなんだけどさ。




そんな感じで、楽しくバレーボールを見る分には、全然問題ありませんよね。

楽しめる事があるなんて、うつ病の人にとってはありがたいことです。

でも、私は、さっきも言いましたが、バレーボールが好きで、監督気取りで見ています。

なので、興奮し、大きな声を出し、バレーボールを見ています。

先日のカザフスタン戦の第2セット。

やばかったです。

バレーボールは25点を取ったほうが、そのセットを取ったことになります。

でも、その第2セットは、デュースの連続で、結果は33対31という息がつまる展開。

私は叫びました。

おそらく、うつ病になってから、ここまでテンションが上がったのは初めてかもしれません。

エース栗原の気合のこもったスパイク。

すごいぞ、栗原 恵!

この前の大会とは違う。

相手ブロッカーが何枚つこうとも、ブロックの手を弾き飛ばすスパイク。

私は、夢中になりすぎて、栗原と同じようにスパイクを打ってる気分になってました。




そのセットが終わった後、私はくたくたになっていました。

頭がぼんやりする。

心臓がばくばくする。

うーん、まずい。

嫌な予感がする。

その予感は的中し、数日間、調子を崩していました。

ゆううつさ、体のだるさ、おっくうさ、消えたい気持ちが強く出ました。

バレーボールを見てテンションが上がりすぎて、調子を崩すなんて。

いくらなんでも、それはないでしょ、って感じですよね。




今日は、韓国戦があります。

この試合に勝てば北京オリンピック出場が決まります。

当然見るつもりです。

でも、テンションの上がりすぎには要注意ですね。

そのためにも、全日本女子には、楽に勝ってほしいです。

そうじゃないと、また調子を崩します。

竹下! トスまわしで韓国を撹乱して!

荒木! ばんばんブロック決めて、韓国を意気消沈させて!

佐野! 韓国のスパイク全部拾って!

・・・また、興奮してしまいそうです。

だって、どの選手も本当にがんばってるし、どうしても応援したくなるんですもん。




うつ病になると、興味関心の喪失っていうのがありますよね。

僕もそうです。

でも、ここのところ興味関心が少しずつだけど、戻りつつあります。

例えばテレビ。

辛い、悲しいニュース、暗いドラマ以外はたいてい見れるし、見たい番組も出てきました。

例えば食事。

おいしいものを食べたいという気持ちが、強くなってきていると思います。

例えば物欲。

新しいスポーツタイプの自転車や服などいろんなものが買いたくなってます。

(お金がないので、買いませんけどね)

こういうのは、いいことなんでしょうね。

着実に回復している証拠なんですよね。


| | コメント (20) | トラックバック (0)

コンクリートの隙間から(エピローグ)

※ 小説カテゴリーです。コンクリートの隙間からの続編です。

「コンクリートの隙間から(5月12日)」を読んでいない方は、そちらを先に読んでくださいね。


Sirohana2










<花>

ねえ、僕たち、いつの間にか少し痩せたみたいだよ。

あれ、本当だね。

この前までは、雨から水を分けてもらったら、元気になっていたのにね。

そうだよね。

さっきまで、雨が振っていたはずだよ。

それなのに、どういうわけか元気が出ないね。

おかしいな。

根っこや葉っぱに、力が入らないや。

花も前みたいに、思いっきり花びらを広げられないよ。




そうそう、向こうに咲いていた僕たちの仲間は、いなくなったみたいだよ。

そうなんだ。

じゃあ、僕たちもいなくなってしまうのかな。

うん、そうかもしれないね。




あ、この前来てくれた人が、また来てくれたよ。

また、じっと僕たちを見ているよ。

僕たちと友達になりたいのかな。

でも、ごめんね。

僕たち、もう少しでいなくなっちゃうみたいなんだ。

あれ、この人、少し微笑んでいるみたい。

僕たちがいなくなるのが嬉しいのかな。

なんで微笑んでいるんだろう。

葉っぱに触ってくれているみたいだけど、ほとんど何も感じられないよ。

いなくなるってどういうことなんだろうね。

この人は分かっているのかな。

もし、知っているなら教えてほしいな。






<私>

私は、二階の部屋の窓から、空を眺めた。

昨日まで降っていた雨が嘘のように、空は晴れわたっていた。

空はただ水色で、どこにも行かずにそこにじっと留まっていた。

私は、視線を机の上のポトスに移す。

瑞々しささえ感じられるほどの緑色。

葉は、茎は、上に、横に生命のおもむくままに成長していた。




私は玄関先に咲いている白い花のことを思い出さないわけにはいかなかった。

このポトスとは対照的に、弱りきっている白い花のことを。

いや、今となっては白い花ですらない。

黄色くくすんだ花になっている。

その花を見ることを、私はここ数日、避けていた。

玄関を通過するときですら、見ないようにしていた。

一つの命が終わっていく姿は、ただ悲しいから。




でも、目の前のポトスが、その花を、見てくることを私に訴えかけているにように感じた。

「あなたは、見て来るべきなんだ」と。

そう感じたから、私は玄関に向かった。

向かわないわけにはいかなかった。

玄関先に咲く花を、じっと、眺めてみる。

やはり、相当弱りきっている。

私は、予想していた通りに悲しい気持ちになる。




しばらく、眺めていると、私はこの小さな生命が消える瞬間まで、この場にいたいと思った。

生命は時間が来れば、風船が破裂するみたいに、一瞬でなくなってしまう。

その瞬間を、この目で見たい。

そもそも、私は、なぜ、こんな玄関先に咲いた小さな花のことを気にしているんだろう。

私は、私が分からなくなる。

花が私に、語りかけてきた。

正確には、語りかけてきたような気がした。




「もうしばらくしたら、僕たちはいなくなるんだ。それは避けられないことなんだ」

花たちの決意のように聞こえる。

私は花に、語りかける。

「私もそうなのかな」

「もちろん」

「君たちはそれで、悲しくないの」

「悲しくないよ。だって、僕たちの子供たちは、きっとどこかでまた白い花を咲かせるからね」

「そうなんだ。でも、君たちはいなくなってしまうんだよ」

「・・・その通りだね。いなくなるよ。でも、繰り返すようだけど、これは避けられないことなんだよ。あなただって、そうなんだよ」

「うん」

「あなたは、自分自身がいなくなることが悲しいの?」

「どうかな。分からない」

「自分がいなくなることを受け入れてみて。そして、いなくなるその日まで生きればそれでいいんだ」

「そうかもしれないね」

私は、心の奥に暖かいものを感じる。

体のおもりがすっと消える感覚を持てた。

もしかしたら、少しだけ、笑顔になっていたのかも知れない。

今にも、ばらばらになってしまいそうな葉を触ってみる。

まだ、今は、生きている。

明日は生きているだろうか。

それは、分からない。

私にも、この小さな花にも。







コンクリートの隙間から (完)




以上です。

エピローグのくせに、前回より長いですね~。

まあ、いいでしょ。

本当は、前回の「コンクリートの隙間から」で、完了したつもりだったんですが、続きがどうしても書きたくなったの書きました。

もう、今度こそ続きはないと思います。

実は、「現在のうつ病生活」カテゴリーよりも、「小説」カテゴリーの方が書いた後、すっきりするんですよ。

なんででしょうね。

理由は分かりませんが、ともかくまた何か書くと思います。






| | コメント (16) | トラックバック (0)

笑顔からもらえる幸せ

昨日は、メンタルクリニックへの通院日でした。

今のクリニックは、先生も話しやすく信頼しているし、予約制だから待ち時間もほとんどないし、診察時間も20分もとってくれるし、クリニックの雰囲気もとてもいいんです。

それでも、なぜか、通院は緊張してしまいます。

なので、できるだけ午前中に通院することにしているんですが、昨日は空きがなく夕方からの受診でした。




私は、緊張をごまかすため午前中インターネットで久しぶりにうつ病関連のHPなどを見て過ごしていました。

すると、一つのメンタルクリニックのHPにたどりつきました。

このメンタルクリニックは、実家から自転車で10分くらい、臨床心理士もいるらしいんです。

しかも!

クリニックの先生が若くて美人!

Around 40(精神科医である天海 祐希が主人公のドラマ)の天海さんみたいなんです!

思わず「!」マークの3連続です。

あ~、こっちの病院のしておけばよかったかな、なんて思い始めました。

昼ご飯を母と食べながら、その話をしてみると(もちろん美人先生の話はとばして)「あんたねえ、今のクリニックの先生、いい先生だと思ってるんでしょ。だったら、それでいいじゃない」と言われてしまいました。

まあ、正論ですね。

今のクリニックはとても気に入っているし、先生も信頼できているので、転院する意味がないです。




昼過ぎになっても、緊張はほぐれないので、早めに家を出て、銀行に行くことにしました。

銀行でちょっとした手続きをやりたかったんです。

でも、そういう事務手続きは疲れる。

それが分かっていながら、緊張でおかしくなっている私は、銀行に向かってしまいました。

話が少し脱線しますが、途中でこんなわんこを見かけました。

寝ています。

Shiba









携帯カメラって、撮るときに音がしますよね。

その音でわんこを起こしちゃいました。

ごめんね、お昼寝を邪魔して。

首輪をしていたので、捨て犬じゃないと思いますが、また今度このわんこのところに行ってみようと思います。

今や、わんこを見ることは、私の生きがいの一つです。




そうこうしているうちに、銀行に着きました。

私は、とんぷくを飲んでから、銀行に入りました。

(トイレに行きたいな)と思ったので、警備員さんに「トイレはどこですか?」と聞きました。

「エレベーターで上がってください」と教えてくれました。

私は、エレベーターに乗り、トイレのある階まで行きました。

すると、そこはローンや投資を相談するフロアで、しーんと張り詰めた雰囲気。

気まずい・・・。

私は、そのフロアを不審者のようにうろうろしてました。

すると、さわやかがっちりエリート銀行マンが「どうか、なさいましたか」と声をかけてくれました。

私は一瞬、びくっとして「あの・・・、トイレはどこでしょうか」と言いました。

エリートくんは、「こちらでございます」と言い、一つのドアに向かい、ドアについている暗証番号をかちかちと押して、さっそうとドアを開けてくれました。

なに! トイレに入るのに暗証番号とは。

しかも、エリートくんの身のこなし。

ホテルマンみたいじゃんか。

どきどきしながら、トイレに入りました。

でも、トイレは普通でした。

そして、暗証番号ドアのところまで戻ると、なんと、エリートくんが待っているではありませんか。

私は、申し訳なく思い「ありがとうございます」と言い、そそくさとエレベーターで下に降りました。




さて、ここからが、タイトルの「笑顔からもらえる幸せ」の内容になります。

前置き、なげーよ! というツッコミは受け付けませんよ。

これが、ぽとす流のブログですから。

私は、整理番号の紙をもらい、順番を待っていました。

順番が来ました。

あれ? 二人も受付にいる。

なぜ?

と思いましたが、見た目から一人は新入社員、一人は教育係なんだなと気がつきました。

私の手続きは、結構利用している人も多そうなメジャーなものです。

でも、新入社員(笑顔が素敵なにっこり初々しい新入社員、以下にっこりさん)はその手続きを行うのが初めてのようです。

教育係(くろぶちメガネが似合うしっかりお姉さん、以下しっかりさん)が、あれこれ教えながら、にっこりさんは私に説明してきます。

私は、しっかりさんの説明も聞こえてくるので、2回同じ説明を聞くことになったりしました。

でも、ぼんやり頭の私にはちょうどよかったです。

にっこりさんは、そこまでてきぱき動けるわけでもないんですが、笑顔がとびっきりにいいんです。

ここまで、笑顔がいい人は見たことがありません。

にっこりさんの笑顔を見ればイヤなことも、忘れられそうな笑顔です。

中国、チベット問題もにっこりさんが間に入れば、笑顔で和解させられそうです。

そして、にっこりさんは手続きの合間に、何気ない場が和む一言を言うんです。

たぶん、営業スマイル、営業トークではなくて、本音の笑顔であり、本音の会話だと思います。

おかげで、苦手な事務手続きも苦痛じゃなく終わらせられました。

それどころか、にっこりさんの笑顔にかなり癒されました。

このまま病院に行かずに、薬飲まなくてもいいんじゃないかっていうくらい癒されました。

こんなこと書くと「また~、男ってだいたい若い子に弱いのよね。全く男ってなんでそうなのかしら」と思う女性もいるかもしれません。

でも、違うんですよ~。

その子は、女性でも癒される笑顔の持ち主なんです。

よくいる、若さを武器にして、ちょっとぶりっ子気味の女の子とは訳が違うんです。

手続きが終わって、最後にその子が「ありがとうございました~」とまた笑顔で言ってくれたので、私も思わず「どうもありがとう」と言っていました。

本当に感謝したい気持ちになったんです。

銀行ってお金を扱う仕事で、大変だろうけれど、にっこりさんは負けずにいつまでも笑顔で働いてほしいな、と思いました。

しっかりさんも優しい感じだったし、エリートくんも親切だったし、あの支店はいい職場なんだろうから、にっこりさんも大丈夫だろうな、と思いました。




私、サービスが丁寧なところが大好きなんです。

昨日みたいな心からの笑顔とかサービスをしてくれるところが大好きです。

そして、感動すらします。

今まで、感動したのは、ホテルのサービス、飛行機のキャビンアテンダント、今の車ディーラー担当、今の保険会社、ガソリンスタンド・・・etc. です。

嬉しいんですよね、単純に。

親切に丁寧に接してくれると。

たぶん、マニュアル化すれば、ある程度のレベルまでの接客はできるはず。

でも、それ以上にいくには、仕事が好きで接客が好きじゃないと無理だと思います。

やっぱり、人と人とのコミュニケーションが丁寧にできるって、気持ちいいですよね。




さて、話は戻り、通院しましたよ、ちゃんと。

にっこりさんの笑顔で癒されて、家に帰ったりはしませんでした。

クリニックでは、先生から私に、勇気付ける言葉をかけてくれ、嬉しくなりました。

「あなたは今は生産的なことはないもしていないかもしれない。でも、うつ病というのは一気によくなるものではなく、一定期間のエネルギー補充が大事。今はその大事な作業をする時間だからね」

分かっていることなんです。

でも、先生が真剣に何度も繰り返し言ってくれたので、私は心が軽くなりました。

どうしても、罪悪感を感じて過ごしているので。

こういう言葉が、本当に救いになるんですよね。

そして、クリニックでも先生は笑顔でした。

この先生の笑顔も営業用じゃなく、心からの笑顔だと思います。

私の睡眠障害が改善されていると分かると、嬉しそうな笑顔をしていました。

患者が回復している様子を見て、笑顔になるっていい先生ですよね。

先生の笑顔を見ていると、安心感が生まれました。

でも、先生は最後にちょっと気になることを言いました。

「薬、変えなくてもいいよね?」

私は、(え? なぜ、私が処方を決めるんだろう)と思いながら、「はい、そのままでいいです」と答えました。

でも、帰り道、そのことを考えてみると、先生は「私はこのままの処方で様子見るのがいいと思うんだ。大分回復してきているみたいだしね。でも、何か薬の副作用や気になることはないかな。もし、何かあるなら薬変えるけどどうする?」という意味で言ったんだと気がつきました。

うーん、まだまだ判断力や思考力は回復していないなあ。


| | コメント (26) | トラックバック (0)

必要なもの

今日は、私の住んでいる地方はいい天気でした。

半袖の服を着るほどじゃないけれど、長袖のシャツでは少し暑い。

ちょうどいい、好きな気候です。

せっかくの天気なので、昼頃から自転車に乗って、海を見に行きました。




自転車に乗っている間、いろいろ考え事をしました。

私にとって、本当に必要なものってなんだろうと。




午前中のうちに、携帯電話に登録している電話番号やメールアドレスを整理したんです。

もう連絡を取る可能性がない人、私が個人的に嫌いな人をじゃんじゃん消去しました。

消去した後、携帯電話に残っている人たちの一覧を眺めていました。

私にとってどうしても必要な人は10人でした。

できれば仲良く関係を続けたい人まで範囲を広げると、30人くらいです。

他の人はどちらでもいいんです、正直なところ。

これまで、どちらでもいい人に対して、必要以上に時間をかけすぎていたんじゃないか。

私は、そう感じました。

人生は限られた時間しかないのに、どちらでもいい人のために使う必要性なんて全くないはずです。

それなのに、そうしてこなかった。

なぜなんでしょうね。

きっと、自分の頭で物事を考えずに、ただ流されていたからですね。




自転車に乗って、考え事をしているうちに、瀬戸内海が見えるところまで辿り着きました。

平日の昼間に、海を眺めている人なんてほとんどいません。

私以外に数人しかいませんでした。

私にとって、海といえば瀬戸内海なんです。

瀬戸内海を見て育ったので、初めて湘南で、太平洋を見たとき変な感じがしました。

島がないし、めちゃめちゃ波が荒々しい。

これは海じゃないなあ、と思いました。

(れっきとした海なのにね。しかも太平洋のほうが断然大きいのに)

故郷に対する愛情がそういう感情を引き起こしたんだろうな、としみじみ感じました。

人によっては、故郷なんてどっちでもいいよ、っていう人もいるかもしれませんが、私にとっては故郷は大事なんです。

故郷も、私にとって必要なものの一つです。




海を眺め終わった後、私は遠くまで自転車で来て、さすがに疲れたので、家に戻りました。

そこで、残念な風景をいくつか見ました。

昔からあったおいしい定食屋が閉店していました。

あちこちに、新しいマンションが建って、街の雰囲気が変わっていました。

でも、これらはどうしようもないことなのかもしれません。

それぞれ、事情や必要性があってのことなのでしょうから。

でもね、これから書くことは本当に残念なことでした。

道のこちら側に、私、30代女性二人(ボランティアで小学生の帰る時間に立って、小学生の安全を守ろうとしている方々だと思う)がいる。

道の向こう側に小学1年生くらいの男の子が、道を横断するため手をあげて立っている。

クルマがやっと1台通れるような狭い道。

30代女性二人の方も「止まってあげなよ~」と言いながら、手をあげている。

それなのに、1台目のクルマは、止まらない。

2台目のクルマも止まらない。

やっと、3台目のクルマで止まって、小学生は道を横断することができた。

私は、こういうのがすごくすごく許せない。

1台目、2台目のクルマの運転手にどんな用事があるのか知らないが(どうせ大した用事じゃないんだろ!)、せいぜい5秒かそこらのもんでしょ。

それなのに、なぜ止まらない。

あんな狭い道で、道の両側から(小学生と30代女性二人が)手をあげているのに、気がつかない訳がない。

気がつかないなら、運転免許を返却したほうがいい。

これは本当に、情けないことなんだから。

小学1年生の男の子が手をあげているんだよ。

きっと、学校か親に、道を渡るときには、手をあげましょうと習ったんだと思う。

1台目、2台目のアホな男どもが老人になったときに、年金を払ってくれる子供なんだから(あ、これは怪しいか。既に崩壊しかかっているからなあ、年金制度)。

まあ、ともかく、全く、人の気持ちや人の立場が分からないアホは、本当に許せないということを言いたいんです。

想像力のかけらもない勝手なやつが許せないんです。

私が、キャプテン翼の日向小次郎だったら、ネオタイガーショットであの二台のクルマをぼこぼこに凹ませてやるところでしたよ。

その後、翼君のドライブシュートでボンネットの上から、クルマを凹ませてやりますよ。

・・・話がずいぶんずれましたが、最低限、人としての気持ちというか、優しさというか、正義感というか、うまく言えませんが、そういう気持ちはなくしたらダメだと思います。

これも、私が生きていく上で大事にしたい気持ちで、私にとって必要な気持ちです。

でも、こういうことでむきになる性格は、うつ病になりやすそうとも思うんですよね・・・。

「カワイそうなやつら、いつかどこかで事故を起こして死んじゃうな」

くらいに思えたほうがいいのかもしれませんね。




以上、必要な「人」、必要な「場所」、必要な「気持ち」を実感した一日でした。

これだけの、人、場所、気持ちを持っている私は、幸せだと思いました。

多くはないけれど、大切な人たち。

20年近くの思い出が詰まった場所。

人としてどうしても持っていたい気持ち。

これだけ、そろっていれば十分ですよね、生きていくのに必要なものたち。




| | コメント (20) | トラックバック (0)

コンクリートの隙間から


※ 小説カテゴリーです。うつ病とは関係ありません。




Sirohana












<花>

ねえ、僕たちはどうして、土じゃなくて、コンクリートの隙間から生まれてきたのかな。

僕たちの仲間は、みんな土に根を下ろしてのびのびしてるのに。

僕たちもあっちのほうに咲いている仲間のところに行きたいな。

だってさ、こんな隙間じゃ、閉じ込められているみたいで、少し窮屈なんだもの。



あ、誰かが僕たちのことを見ているよ。

どうして、あっちのほうに咲いている仲間たちじゃなくて、僕たちを見るんだろう。

それに、この人、何だか悲しそうな顔をしてるな。

何か辛いことでもあったのかな。



うん?

この人、僕たちに触ってくるよ。

なぜだろうね。

少しくすぐったいけど、でも優しい感じがするよ。



あれ、どこかに去って行くみたい。

僕たちはここから動くことができないから、あの人がちょっとだけうらやましいな。

僕たちは動けないし、風がふいたらゆらゆら揺れるだけ。

でもね、太陽を浴びられて、雨が僕たちに水を分けてくれるから、僕たちはそれで十分なんだ。

時々、虫たちが僕たちのところに遊びにも来てくれるしね。

あの人、また来てくれるといいな。



<私>

私は、久しぶりに実家に帰ってきたときに、その花を見つけた。

玄関先のポストの下にひっそりと生きているその花を。

庭を見ると、同じ種類の花が咲いている。

種が飛ばされて、こんな狭いところで、育ったんだろう。



花の名前は分からない。

でも、そんなことは関係ない。

全く関係ない。

ただ、花が、こんなにも細くて弱そうな花が、力強く育っていることに心を揺さぶられた。

今の私とは対照的だ。

私は、ただ息をして、ただ動くだけの存在だ。



私は、名前も知らない花に触れてみた。

少し力を加えすぎると、折れてしまいそうだ。

でも、花は何も言わないし、何も感じていないみたいに見える。

私は花を触っていると、不思議な気持ちになった。

花の生きる意志、太陽の光を精一杯浴びようとする心を感じとった。

そして、植物が呼吸している音を聞いた。



この花は、いつからここに咲いて、いつまで生き続けられるのだろう。

そんなことを考え、私は花から離れて、部屋に戻った。







以上です。

あまり、うつ病と関係なくてゴメンナサイ。

でも、こういうのを書くのが大好きなので、良かったらこれからもお付き合いくださいね。





| | コメント (23) | トラックバック (0)

母の日と父の日

今日は雨降りですね。

こんな日はおとなしくしているのが一番です。

雨降りにもかかわらず、そんなに体調は悪くありません。

もしかして、少しずつうつ病がよくなっているのかしら・・・

いやいや、油断はできない。

これまで、何度も油断しては、騙され続けられてきましたから。




ところで、私のブログ上を移動する変なやつ。

性格判断ができるブログパーツなんです。

少しブログが読みにくいですが、ふきだし部分はクリックすると消えてくれますので。

ちなみに、私は「デキは良いが臆病なタイプ」らしいですよ。

デキがいいかは分かりませんが、自信が持てずにびくびくしているのは事実です。

客観的に見ても、自分を過小評価し過ぎる傾向があります。

これは、うつ病になる前からそうだったんです。

皆さんも、時間があったら性格診断やってみてくださいね~。




ところで、明日は母の日ですね。

気の早い私は、もう既に母の日のプレゼントを買ってあるんです。

というか、もう渡してあるんです。

先週のGW中に、一緒におしゃれっぽい花屋に家族で行って、母に選んでもらいました。

でも、母は「あんたが好きなのでいいよ」と言うので、私のセンスでサンスベリアのシルバーのにしました。

これです。

Sannsuberia_m







タイガー柄のサンスベリアはよくありますが、シルバータイプのは珍しいそうです。

母は庭に植物をいっぱい植えているので、植物をあげるのが一番喜ぶと思ったんです。

喜んでくれたみたいで、あげてよかったです。




そして、父の日。

これは、まだ1ヶ月も先ですよね。

でも、とても気の早い私はもう買ってしまいました。

眼鏡市場のメガネカードです。

眼鏡市場はペ・ヨンジュンさんがCMしてた、あのメガネ屋です。

メガネがレンズの厚さ、種類によらず、一律18,900円。

父は、もう遠視になっていて、新聞の文字とかが読めないにもかかわらず、意地をはってメガネを買ってませんでした。

虫メガネで、小さい文字は読んでました。

「買いなよ~」と私がいくら言ってもいう事を聞きません。

父は、視力がずっと1.5だったので、メガネに抵抗があるんでしょうね。

なので、このメガネカードを買ってしまえば、いくら父といえどもメガネを買わざるを得ないという作戦を立てました。

しかし、値段が高い。

2万近くもするものを買ってあげられない。

なので、母、妹に相談して合同で買うことにしました。




ここでも、ちょっとした経緯があったんですよ。

私は、まず妹に「父さんにメガネカードあげるんだけど、いくらまで出せるかな?」とメールで聞きました。

妹は相当な節約家なので、出しても3000~4000円だろうと高を括っていました。

そして、私が兄として6000円くらい出して、残りは母に頼るつもりでした。

しかし!

妹は「半分出してもいいよ」と言ってきました。

なに~、それは困るじゃないか。

妹が半分出すというのに、兄が半分以下では情けない。

せこい私は「母さんも出すっていうから3分の1でいいよ」とメールをしときました。

うう、せこ過ぎる。

でもね、私の収入は傷病手当金オンリー。

働いていればメガネカードくらいバーンと買ってあげられるのに。




まあ、そういうわけで、先日、母、私、妹がお金を出し合って、メガネカードを買い、私が父に渡しました。

父は一瞬戸惑いましたが、すぐに嬉しそうにしてました。

分かりやすいんです、父。

張り切って、眼鏡市場の新聞広告を探してきて、どれがいいかなあ、なんて言ってました。

この前まで、虫メガネ使ってたのに!

きっと、妻や息子よりも、娘からも出資があったというのが嬉しかったんでしょうね。

父親は娘がかわいいっていうじゃないですか。

私はね、そこまで見越して、妹にもお金を出してもらったんですよ。

すごい読みでしょ~。

単にケチなだけでもないんです。

うーん。

正直言うと、お金が少なくてすむのと、妹が出したほうが父も喜ぶという、一挙両得だと思ってたんです。

まあ、結果オーライですね。

明日にでも、父は私と母を連れて眼鏡市場に買いに行くと言ってました。

父は眼鏡に無縁の生活を送ってきたので、メガネ屋に行くことを怖がってるみたいです。

ふふ、ちょっとかわいいらしいですね。

それにしても、人間の考え方なんてすぐ変わっちゃいますね。

この勢いで、何とか犬も飼えないかな。

一時は諦めかけた犬ですが、今回のことでまた犬への想いが再燃しました。

よーし、作戦練るぞ~。




| | コメント (19) | トラックバック (0)

うつ病と友達とWii

皆さんのリンクはりました。

私の感想付きです~。

この感想はおかしい! という方、遠慮なく言ってくださいね。

直しますから。



2日前(5月6日)に、地元の友達(性格美人くんと名付けます)と遊びました。

性格美人くんは、その名の通り、優しく穏やかで親切です。

でも、残念ながらうつ病の知識はほとんどありません。



性格美人くんの家に着いてから、私は家をチェックしました。

新築物件らしく、すごく設備が整ってました。

広い部屋(10畳くらいかな)、トイレとバスの間に洗面所スペース、広い収納スペース、眺めは最高(田んぼと畑が見えます)、カード式キー、駐車場は激安でアスファルト。

ちなみに、私の愛知の部屋は、8畳弱、洗面所はあるけど狭い、収納も狭い、眺めは普通(住宅が見えます)、ちょっと複雑な鍵、駐車場はアパートから離れていて高くて土。

性格美人くんの家は、私の愛知の家より、トータル価格は安いのに、この設備の差。

やっぱり、田舎の方がいいですね。



私の物件チェックが終わった後、小学校の卒業文集と愛知のお土産を渡しました。

お土産はあんかけスパゲッティー。

卒業文集は、懐かしいだろうから持って行きました。

性格美人くんは懐かしがってくれました。

そして、ふと私が部屋の片隅を見ると、Wiiがあるではありませんか!

私は、Wiiにちょっとだけ興味を持っていたので、

「Wiiやらせてもらってもいい?」

と訪ねました。

マリオカートと、デカスポルタ(10種類のスポーツができる)があったので、まずは噂のマリオカートから。



・・・・ちょー楽しい!!

ハンドルで操作するなんてゲーセンみたいじゃん。

でも、ゲーセンは100円を使ってしまったというプレッシャーがあるけど、このWiiマリオカートにはそれがない。

続いて、デカスポルタを。

フィギュアスケート、バドミントン、カーリング、サッカーなどいろいろ入ってます。

私は、ビーチバレーをやらせてもらいました。

だって、バレーボールやりたいのに、ドクターストップでやれてないもん。

これも、ちょー楽しい!!

しかも、操作が簡単だからすぐ慣れました。

でも、実際のバレーをする感覚で、スパイクやブロックをすると、失敗してしまうんですよ。

そして、Wiiリモコンを実際のバレーをやるときの動きで振り回してしまう。

うん、でも楽しかったですよ。

今さらながら、Wiiの楽しさを知りました。



昼ご飯にマック(大阪の方はマクド)を食べ、部屋でくつろいでました。

私は一人でWiiをやり続け、性格美人くんは本を読んでました。

かなり、まったり、のんびりしてました。

うつ病の知識がないのに、かなりうまく接してくれます。

ほんとありがたい友達です。



何か、友達の役に立てたらなあと思っていたら、性格美人くんはパソコンを買い、ネットをつなげたいらしいんです。

おお! これならば役立てる!

パソコン購入時の値引き、プリンタとの接続、メール設定、プロバイダとの契約方法などなど。

性格美人くんはこういうのが苦手らしく、私の腕の見せどころです。

一つ、人の役に立てることができてよかったです。



夕方頃になり帰る前に、性格美人くんにツレうつ、その後のツレうつを無理やり渡しました。

「俺は別にうつ病じゃないんだけどなあ」

と言ってましたが、そこは強引に置いてきました。

今でも十分なんですが、やっぱり知識のありなしで大分変わると思うので。

さっそく、次の日に、

「うつ病のこと、分かったよ。これからの対応は任せて!」

という頼もしいメールがきました。

元々性格美人なのに、うつ病の知識も身につけてくれた。

すごく嬉しいです。



さて、Wiiの話に戻ります。

私はめちゃめちゃWiiがほしくなりました。

集中力がない今でも、あれならできる。

プレステ3みたいな、コントローラーをごちゃごちゃ操作するのは無理です。

でも、Wiiはリモコンを振るだけだから、できる。

母も以前から興味があったようで、話してみると本体代を出してくれると言ってくれました。

父はどんなものか分からないけど、いくらか出してもいいよと言ってくれました。

うう、ありがたいことです。

迷惑かけてばっかりでごめんなさい。

でも、ありがとう。



父、母からもらったお金でさっそく昨日(7日)買ってきました。

ヤマダ電機で買いました。

ヤマダ電機では、WiiにD端子接続ケーブルもセットキャンペーンをやってました。

(こんなの家のテレビじゃ使えないから、いらないなあ)

と思った私は、店員を呼んできました。

「あの、このD端子の家じゃ使えないから、S端子のに変えたりできない?」

「いやー、難しいですね。もうセットで販売って決まってますから」

(ふん、融通きかせろよ)

「じゃあ、D端子のいらないから、その分、少し安くして」

「うーん、申し訳ないですけど、それも無理です」

(なんだ、ちくしょー)

元気な私なら、ここから10分は粘れます。

でも、これ以上続けると頭痛がしそうだったのでやめときました。



家に帰り、さっそく接続してみました。

もしかしてと思い、テレビの裏をみるとD端子があるじゃないですか!

もらっといてよかった。

ラッキー、ラッキー。

接続を終えると、さっそくWiiをやってみました。

母も近寄ってきました。

「どれどれ、ちょっとやらさせて」

と言い、バドミントンをやり始めました。

なぜか立ち上がって、リモコンを振る母。

座ってだとやりにくいらしいです。

母も昔バドミントン経験者なので、リモコン操作と実際のバドミントンの動きの違いに戸惑ってましたが、なかなか上手になってました。



夜になり、晩ご飯を食べた後、母とバドミントン対戦をしてみました。

うむ、なかなか強いぞ。

・・・・リードされちゃった、やばい。

さすがに50代の人間に負けるわけにはいかない。

何とか勝ちました。

でもかなりの接戦。

母は立ち上がって必死にリモコンを振り、体力がなくなったおかげで勝てたようなものです。

今度は21点制じゃなく、11点制でやってみました。

・・・・負けました。

うう、20代が50代にゲームで負けるとは。



父は、最初は戸惑っていましたが、楽しそうにバドミントンをやってました。

でも、コンピューターとの対戦。

家族に負けるのがイヤだったんだろうなあ。

その後、アーチェリーをやり始めました。

めちゃめちゃうまいじゃん!

どんどん、的の中心付近を射抜いていきます。

コンピューターの普通レベルには接戦ながら勝ちました。

調子に乗った父は、

「これじゃあ、相手にならないな。もっと強い相手はいないの」

みたいなことを言いだしました。

今度のコンピューターのレベルは「強い」に設定しました。

結果はぼろ負けでした。

ほらね、調子に乗りすぎるからだよ。

でも、また今度、アーチェリーはやりたいそうです。



Wii買う前は、家族全員でできるか不安でしたが、みんな楽しめたようでよかったです。

私も、昼間できることが一つ増えてよかったです。

Wiiは簡単だから、ある程度まで回復したうつ病患者には、結構いいんじゃないかと思いました。

任天堂さん、Wiiをばっちりアピールしといたんで、何かくださいよ(笑)




以前は、毎日、ブログを更新していましたが、たまの更新にすると書くことがたくさんあっていいですね。

でも、このまま終わると、友達と遊んで、Wiiを買ってもらって遊んで、とただの暇人と思われそうなので、うつ病患者っぷりをアピールしときます。

ここのところ、やっぱり睡眠の質がよくありません。

中途覚醒か、早朝覚醒があります。

なので、寝た気がしません。

昼寝を我慢しても、夜にいい睡眠が取れません。

弱ったなあと思ったんですが、今日はいい睡眠が取れました。

いつもと何が違うかというと、21時頃に頓服のソラナックスを服用しました。

夕食後、デパス0.5、ルボックス50を飲み、ソラナックス0.4を21時頃飲み、寝る前にユーロジン2、デジレル25×2を飲みました。

こんなに飲んでいいのだろうか・・・・

でも、7時間ばっちり寝られたんです。

なので、いつもより体のだるさがありません。

ゆううつ感、おっくう感も少ない感じがします。

だからって、ソラナックスを続けていいものかどうか。

まあ、主治医と相談ですね。



後、実家に帰ってから、家事の負担、精神的負担は減ったはずなのに、消えてしまいたいという気持ちが強くなってしまっています。

なんというか、生きていることが申し訳なく感じられるんです。

そして、どっちでもいいやという投げやりな無気力感、おっくう感も強まってるんです。

以前強かった不安感はもう、ほとんど出てこないのに。

うつ病よ!

症状をころころ変えてくるのはやめてくれ~。

対応するのが大変じゃないか。



今日はいい天気ですね。

日向ぼっこでもしようかな。

皆さんにとっても、いい1日でありますように。

| | コメント (22) | トラックバック (0)

小学校卒業文集から

さて、新しいブログのスタートです。

あの真鍋かをりと同じココログです。

わーい、嬉しいな。



ところで、私は今、実家でうつ病の療養中なので、日中は暇です。

散歩するにしても元気はないし、車も運転する気にならない。

本も雑誌くらいなら読めるけど、小説は読めなくなっている。

地元の友達と遊ぶまでには回復していない。

そんな暇な私がとった行動は、過去のアルバムやら卒業文集を見たり読んだりすることでした。

アルバムを見ていると、なんて自分はかわいらしいんだ、と思ってしまいました。

皆さん、ぽとすってちょっとかわいそうなやつだな、くらいに思っててくださいね。

今は自分の写真を見ても、もうちょっとかっこよければなあ、なんて思うくらいまで落ちぶれちゃっているので。

そして、私はドキドキしながら、小学校の卒業文集を読み始めました。

過去の文章。

何を書いたかすら覚えていない。

せっかくなので、ブログ初回記念ということで、卒業文集を公開しますね。

ひゃー、恥ずかしい・・・・




「飼育委員会で学んだこと」

ぽとす

ぼくは、この飼育委員会に入った時は、(こんな大変な委員会がまともにやれるだろうか。)と思っていた。実際に仕事をしてみると、前にいた図書委員会とちがって、動物が相手だからとても大変な仕事の内容だった。しかし、いいかげんな気持ちで、仕事を続けていた。

ところが、そんないいかげんなことも、そう長くは続かなかった。ある日、委員会の先生から、

「まだこんなに時間をかけてやってるの!」

と言われてしまったのだ。

それからは、時間も少しは短くすることができた。(これは、おもっていたよりがんばってやらないといけないなあ・・・。)と思うことも少なくはなかった。

そして、夏休みがきた。

夏休みの飼育当番を決め、ぼくは、五回ぐらい当番が当たった。夏休み第一日目から当番があたっていたぼくは、学校へ行った。それから、いつも通りに掃除、えさやりをした。

(やっと終わった。)と思って帰ろうとした時、○○先生が、

「ちょっと仕事を手伝ってくれんか。」

と言った。ぼくは、家に帰っても何もすることがないので、手伝うことにした。仕事はなかなか終わらず、昼をすぎてしまった。

ぼくは、ものすごくつかれていた。なにしろ仕事とというのは、木を切ったり、カモごやを作るといったようなことだったからだ。

その時、(よし!。二学期は一学期以上にがんばるぞ。)と考えた。

やがて、その二学期がやってきた。ぼくは、夏休みの時に考えたことを忘れず、飼育の仕事をがんばってやった。

しかし、ぼくがきちんとえさをやったにもかかわらず、うさぎが六ぴきも死んでしまった。

(ぼくは、きちんとえさをやったのになぜだろう。)と思った。それで、昼休みに、うさぎが死んで思ったことや、当番を忘れないためには、どうしたらいいかなどを紙に書いた。

そして、うさぎが死なないように、わらや、ダンボールを置くようにした。

ぼくは、この飼育委員会に入って、動物の命の尊さや、当番に当たったら、必ず責任をはたすことの大切さが、よく分かった。

だから、これからも生き物の命は、尊いものということを忘れないようにしたいと思う。


・・・以上でした。

小学6年生にしては、なかなかいい視点だと思うところもあるけど、文のつながりがおかしいところもあります。

ただ、一つだけ感じたのは、小学6年生の頃から、ほとんど考え方や物の見方が変わっていないな、ということです。

怒られるまで手抜きをすること、頼まれたらNOと言えないこと、すぐに張り切ってしまうこと、ちゃんと反省して次に活かすこと(唯一いいことですね)。

ほとんど変化してません。

そして、文章の持つ雰囲気も今とそっくりです。

成長してないのかしら・・・

でも、また自画自賛しますけど、命の重みについて書いているのはクラスの中で、私だけでした。

だいたいの人は、修学旅行かスポーツをがんばった話です。

なので、目の付け所はいい線いってるな、と過去の自分に対し感心してました。

そのことを、母に話すと、

「よかったわね」

といやみっぽく言われちゃいました。

まあ、そりゃそうですよね。

新しいブログもスタートしましたが、どんな感じでブログ運営していくかは、全然決めてません。

ただ、のんびり、ゆっくり、自分のペースで楽しみながらやろうとは思ってます。

それでは、今後ともお付き合いよろしくお願いしますね。






| | コメント (35) | トラックバック (0)

トップページ | 2008年6月 »